近所で、星野富弘展を開催していたので、見に行った。不慮の事故で、身体を自由に動かせなくなり、絵筆を口にくわえながら、詩画を描いた方。不満を抱きがちな普段の生活の中、日常への感謝、自然の素晴らしさや今とても恵まれていることを気づかせてくれる。
たんぽぽ
「いつだったか きみたちが空をとんでゆくのをみたよ」で始まる詩がある。「風に吹かれて ただひとつのものを持って 旅する姿がうれしく」と続く。このあと、人間も必要なものは一つとして「私も余分なものを捨てれば 空をとべるような気がしたよ」で終わる。
考察 1
ただ詩を感じる。余韻を味わう。余計なものは捨て、大切なもの、どうしても必要なもの一つを考えてみる。そして、それがあれば十分なのだと。
考察 2
身も蓋もない話ですが、怒らないで読んでください。充分な管理ができない実家の大きな庭は、夏の間雑草だらけになった。雑草といっても一つではない。さまざまな草が生える。春から初夏には背の低い草。そして盛夏から秋にかけては、それを上回る背の高い草。そして、秋からは多くが枯れて、枯草が庭を覆いつくしている。周囲にある空き地に生えているたくさんの雑草は、ほとんどこの庭でも生えてくる。種子が風に運ばれて飛んでくるからだ。知り合いは、雑草を増やさないためには、種ができる前につむこと。花が咲き種子がこぼれれば、より多くの雑草が生えるからと。「空をとんでゆく」のは素敵なことだ。しかし、と思う。「旅」されて来られても、と思う。
木の葉
絵葉(詩画)書5枚セレクトリーズの一つに「風」というのがある。植物と風がテーマに描かれているもので、「たんぽぽ」はその中の一つ。別に「木の葉」という詩があり、こちらは、ひねくれずに受け入れることができた。
木にある時は 枝にゆだね
枝を離れれば 風にまかせ
地に落ちれば 土と眠る
神様にゆだねた人生なら 木の葉のように 一番美しくなって 散れるだろう

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