とりとめない話㊼ 経済的なのはどっち

 以前、ゴミ屋敷に挑んだ話を書いた。今も続いている。対策は、大きく2つに分けられるだろう。一つは業者に依頼すること。友人はこの方法を選択。金額は要したものの、あっという間に処分でき、すっきりしたと話をしてくれた。もう一つは、自分でこつこつと整理していくこと。こちらは時間がかかり、また表現できない程のストレスがかる。打ちのめされて、私は倒れたと表現した方もいた。一方、良いこともある。

良いことの一つは

 お金自体や、お金になるものの発見があること。今回、ベッドの下から500円玉1枚。テレホンカード50度2枚が見つかり、約1500円相当となった(それぽっちと言わないでほしい)。

それを得るための苦労は

 家の掃除と整理整頓を、5時間程した。その間、なぜこんなことをしているのかと、何度も疑問がわく。やはり精神へのしかかるストレスは大きい。

考察

 たまたま得たお金で、ちょっと高い喫茶店に二人で入り、1杯750円のコーヒーに変えた。普段なら入らないかなと思える少し高級なお店。サイフォンで入れて、そのサイフォンごと持ってきて、置いていく。コーヒーは自分で注ぐ。ドリップよりはおいしい。掃除して良かったと思った。しかし、と考える。考える必要はないのだが。主観的にはうれしい。でも経済的にはどうだろう。掃除を依頼して、自分は働いた方が、経済的ではないのか。その意味で、友人が業者に依頼したのは経済的に、また効率的にも正解なのだ。親が亡くなったわけではないので、業者への依頼には制約がつくものの、こうした観点で損得を考えるのであれば、依頼する方が良いかもしれない。でも、働いて銀行に振り込まれる給与より、ゴミの中から見つけたお金の方がなぜかお得意感というか幸福感がある。その不思議さ。小さな喜びにとりつかれ掃除を続ける。何もでないことの方が多いけれど。

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