とりとめない話㉚ 金の斧 銀の斧

とりとめない話

 池にあやまって斧を落としてしまった木こり。困っていると池から神様が現れ、落としたのはこれかと金の斧を示す。正直に答えていると、自分の斧以外に金、銀の斧を受け取ることに。正直者と欲深な者との対比で、正直に生きることの大切さを学ぶ。年を取るに従い、素直さがなくなってくると……。

自分がした解釈は

 学生時代か、それとも社会人になってからだろうか。この木こりの立場に自分がなったとしたらと考えてみた。金銀に目がくらんで、鉄の斧をわざと落とし、高価な斧をせしめようとはしまいと、自信を少しもってそう思った。その代わりにペシミストの自分が現れる。

 私  「あ、斧を落としてしまった」

 神様 「落としたのは、この金の斧か。」                                                      

 私  「いえ、違います。」

 神様  いったん池の中に戻り、現れる。「これかな?(銀の斧)」

 私  「いえ、違います。」

 神様はまた池の中に戻り、私は、金銀の斧と、自分の斧、3つの斧をもらえると期待する。

 神様再登場 「金でも銀でも違うと、もう斧はないな-。残念だけどあきらめも肝心じゃ。」

結局自分の斧がなくなっただけか。世の中そんなものか、残念と私。せめて使用していない斧(金と銀)をくれても良いのに。世の中そんなにあまくない。

今考えると

 いろいろな考え方があるだろう。斧をなくしても、また新しい斧との出会いがある。おそらく、離れる時期だったのだろうと今なら考えるだろうか。この考え方、結構楽観的で良いかなと思う。まあ、自分の性分から少し悔しさは残るかもしれない。いつものことだ。
 もし斧が大切なもので、それをなくしたら生活に困ることになるとしたらどうだろう。その時は事前に保険をかけるだろう。神様が現れなくても、保険会社がきてくれて新しい斧をもらい生活は継続できる。多くの人はそうしている、当たり前のことだ。金の斧、銀の斧の物語は、生きる上で正直であることの大切さを伝えているが、大切なものをなくした時、神様が現れて救ってくれることを伝えているわけではないだろう。神様にもできることと、できないことはある。もちろんそんなことはない、という人もいるかもしれない。

あらためて

 自分にとって斧とは、リスクとはについて考えてみる。そして保険は足りているだろうか、逆に十分すぎていないだろうかと。しかし正直に話をしたのだから、金銀両方とはいかなくても、どっちか一つはくれてもよいのにね。

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